やさしさのこと
■ 憎悪
親戚の結婚式へ出席するために、横浜へ来ると母親から連絡があった。
よければ会おうと連絡があった。
私は母親を憎んでいた。憎悪していた。考えるだけでムカつくし、腹が立って、部屋中のモノを叩き壊したかった。会いたくないし話したくもない。関り合いも持ちたくない。考えたくもない。配慮もしたくない。「母親」という存在が許せなかった。嫌いだった。腹が立った。
母親と関り合う「私」はひどく惨めに見えたし、私に関り合う「母」が鬱陶しかった。
そっとしてほしかった。何も心配はいらない。何もないから。とにかく距離を置いてほしかった。
■ 憎悪Ⅱ
母親と一緒にいると、自分が束縛されたようで、ひどく惨めに見えた。窮屈で息苦しかった。会話や受け答えをする度に、屈辱的な気持ちが心の中に積っていった。
今まで自由に感じていた「心」や「気持ち」が、悴むように萎縮して、死んだように干からびた。毎日少しづつ積み重ねてきた自信が、氷が水に戻るように小さく解けて行った。母親と会った後の私の心は、いつも憔悴しきって疲れ果てていた。
□ 内職
母親と会った後。元の自分に戻るには、時間がかかった。科せられた鎖を解いて、当てはめられた思い込みを解いて、回復するのを待たなければならなかった。
ここ最近、私は時間に追われている。睡眠時間を削りながら内職をしている。連日連夜、自分のことで忙しい。この忙しさは6月まで続くだろう。私は自分のことで手いっぱいだった。
肉親であっても、誰であっても、ほっといてほしかった。関り合ってほしくなかった。
話したくなかった。無駄な時間を費やすわけには、いかなかった。
(本当に最悪な時期に関ってきた。その間の悪さも腹を立たせる要因だ)
そんな母親いるの?と、あなたは驚くかもしれない。実の母親に嫌悪と憎悪を抱く私は、奇異の目にうつるかもしれない。でも全て本当の話。
世の中。全ての子供が、親に愛されて育つわけではない。親から虐待を受けて苦しんで育つ子供もいる。
想像できないな…と思うあなたは幸せだ。その幸せを大事にしたらいい。
■ 横浜
結婚式帰りの母親と横浜で会った。
最後に会ったのはいつの日だったか。ずいぶんと身体が小さく見えた。
背中が丸くなり、目は虚ろだった。買い換えたメガネは、分厚いレンズの老眼鏡だった。
私たち2人は駅前に広がる商店を眺めたり、家で待つ父のために、おみやげを買ったりした。時間にして40分くらいだったと思う。
私は終始不機嫌だった。返事も生返事だった。適当に相槌を打って、適当に返事を返した。話すことが億劫だった。目の前に行き交う人波に、ひどくメマイがした。
ここから逃げ出してしまいたかった。首を掻っ斬って死にたかった。消えてしまいたかった。
■ 後悔
なんでこんなところへ来てしまったのだろう。後悔が湧き上がってきた。どうして母親と関らなければいけないのだろう。腹が立ってきた。自分に対する屈辱感と失望、殺意、嫌悪感。母親に対する憎悪。重い気持ちが湧き上がって、辛かった。
死にたかった。生まれてこなければ良かった。何も見たくない。何も聞きたくない。何もしたくなかった。
ここから気力や体力を回復して、内職を再開するまでに、どれだけの時間と力を要するだろう。そんなに期限はないのに。それを考えるだけで、うんざりした。
■ 横浜Ⅱ
別れ際。母親の目を見なかった。伏し目がちに早口で「おつかれさま」と言って、さっさと別れた。人波の中に逃げ込むように足早に去った。
■ 後悔Ⅱ
ほどなくして後悔と自責の念にかられた。
わざわざ会いに来てくれた母親に、どうして素っ気ない態度をとるのだろう。自分に怒りがわいてきた。私は親不孝者か。
さきまで母親を責めていた私は、今度は「自分」を責め始めた。
母親と会うのを惜しむ自分は最低だ。バカな人間だ。
さっさと死んでしまえばいい。
いつかきっと不幸になって、一生後悔する人生を送るがいい。
惨めで愚かで、最低で下らない一生を送ればいい。
生まれてきた意味なんて無かった。ゴミのような生き物。
自分に対して、罵声を浴びせた。
■ 憎悪Ⅲ
どうしたらいいのかわからなかった。助けてほしかった。
消えてしまいたかった。
母親のことを鬱陶しく憎んでいるのに、それ以上に愛情を持って接したい。許せないのに、愛したい。ムカつくのに、許したい。
「憎悪にかられる自分」を責める自分。自分で自分を責めながら、母親への憎悪と愛情に揺れている。こんな人生、もう嫌だった。
□ ささやかなまとめ
母親と会ったこと、関ったこと。これは間違った選択だった。
冠婚葬祭以外、連絡はとらない。関らない。絶対。
隙も見せちゃダメ。甘えもダメ。
現在の最優先事項は、内職への復帰。
気持ちが落ち込んで、混乱している。考えがまとまらない。物理的な健康面から復旧を図る。内職の期限も近づいている。最短距離で修復したい。
(以上、最近の様子をテキスト化し心身の整理を図りました。)